• 中川順平

昨日の稽古報告

のところ、家族のご不孝、ご自身の病気(風邪、腰痛など)で、稽古がなかなか揃ってできず、代役人の稽古が続く、演出も忸怩たる思いで、来ているメンバーだけがより深く稽古できるシーンを、繰り返しやる。まあ、これも必要なことで、過去の稽古でもここまで密にできたこともなかったような気がする。

ただ気を付けないといけないのが、稽古できてる人と欠席でできていない人に差が生じて、後(うしろ)に引っ張られることだ。するとまた同じ位置からの稽古、それだけは避けたいもの。


代役の方、是非この部分は休んでいた人が来たときに、微細に説明してほしい、まあ、代役でなくても同じ出ている人が説明すればいいことだけど。みんなで協力し乗り切ろう。


昨日、ホセ(マリアンの兄)がびっこ引いて登場するシーンから何度もやった。これは日本語という言葉が解る人、日本語が当たり前の世界に居る人と、他国人で日本語が理解できない人、文化の違う人が違う反応をするのが明確にでるシーン、これが明確に表現できないと客も納得しないだろう。ああ、日本人がフィリピン人やってる、と思われるとそこでこの芝居自体が嘘になる。

そしてそれはフィリピン人が表現するのは勿論だが、そこにいる日本人が表現することを気を配らないといけない。ここが学芸会と木戸銭もらって見せる劇団の違い、くれぐれも「嘘っぽい」「まるで嘘」の芝居だけは止めよう。


昔「金返せ!運動の提唱」を、このブログや各劇団の劇評として書いた。たくさん顰蹙をかった。劇団員から「なんであんなことを書くの、やりにくくてしょうがない」と大批判を食らった。要は、2500円、3500円、とチケット代をいただく。その金額は周りの劇団がそれぐらいだから、そうしただけで、金額が需要と供給の論理から生れることとは関係なく決められていく。結果、この芝居でこの金とるの?と猛反発、それをネットに書いた。ある某劇団の芝居には「合法的な暴力である」とまで。3時間、休憩なしに意味分からずの芝居をたらたら見せ続ける、我々はエチケットとして公演中、「おもろない、帰るわ」って帰るに帰れない、それを合法的な暴力と表現し、その劇団の芝居は二度と観にいくまいと決めた。その劇団代表には未だ無視され無視され続けているが。


またある姫路の劇団の公演、知り合いが出てるというので、友好的な思いで劇団員とともに観にいった。内容はまあ…それをアンケートに書いた、正直に。結果、メールで大炎上した。「二度と来るな」と返ってきた。アンケートはいいことを書くためにあることを知った。


その失敗から、もう恐れをなしていいことしか書かないことにした。演劇界に平穏が戻ってきた。

でもいい芝居にはいい、いい役者にはいい、とは昔から書いてきたのだが。


我々は、むしろどんどん本音で書いてもらいたいと思っている、それが劇団の成長につながるから。何故そう急ぐのか、我々には時間がないからだし、年に1回しか公演しない、それが失敗作となると、翌年公演打つことを再検討しなくてはいけない。無駄打ちゃ当たる芝居ができない宿命なんだ。

だから、稽古なんだ、だから回数多くの稽古なんだ、そんなに魅力的な役者が集まって言わなくてもどんどん自分でやってこれる役者ばかりじゃないんだ。アンサンブル(調和)なんだ、一人、二人、足引っ張る人がいると、オランダみたいに国自体が沈むんだ。


真剣に臨もう、昨日の稽古のところ、来て稽古するのでなくやったところは各自が反芻して参加しよう、それにセリフは入れてこい、でないと稽古にならん、稽古で失敗してものにしていこう。


演出は、もっと創造的な仕事したいんだ、きっと。今年の演出はなんか腹が太くなってる気がするが、しかし本質はそう変わらんからなあ、そろそろ、痔が、いや地がでてくるかもしれんよ。

クワバラ、クワバラ…誰か、機嫌とっておけよ、爆発したら…

今週の土曜日、昨日の稽古、同じ過ちなしでやろう  (J)