前回のつづき…

February 11, 2019

ユーチューブで「男はつらいよ」の寅さんの、面白い、笑えるところのダイジェスト部分ばかり集めたシーンをよく見る、なんども見ても笑える。なんでだろう。

枝雀さんが笑いのツボは「緊張と緩和」だと言った。緊張を高めていって、ストーンと緩和する。これが緩和ばかりだと冗漫かつだれる、関西風に言うと。緊張ばかりだと人は頭が付いてこない、とくに一般庶民は。毎日芝居を創ってるような者だと付いてこれるが、毎日仕事してたまに異次元な「芝居」なるものを、それも友達だからと誘われて観る人にとっては、緊張ばかりだとついていけない。だから眠くなる。私なども度々、先日ある地下の芝居を観に行ったとき、反対側に客が座っている、始まって30分~40分ぐらいのあたりで、こっくりこっくりしている。目の前で寝ている、むしろそれを見ている方が面白かったぐらい、家に帰ると、家事や食事つくって大変だろうなあ、なんて思ってみてると、筋もわからなくなる、がこれが意外を面白い。でもやはり「緩和」がいる。

  

 この芝居「葬儀はキャンセルできない」は、緊張がつづき、あれっ?これって緩和の時間かなあ?ってのがあって、さらに極度な緊張があって、ストーンと緩和、そして緩和が続き、それも極度の緩和がつづき、客は飽きない、そこから静かな緊張に入り、それが続き、ちょっと眠くなりそうな緊張の時間があって、高い緊張がしばらく続き頂点に行くところで瞬間停止するのだ。

 そして間髪入れずに今度は緩和の時間となっていて、そのまま客を置いてけぼりにして、終演するのである。寸止めの状態で。で、客は????、あっ、もしかしtt?ddgbv…?ええっ?      

みたいな感じかなあ…いうならば、わからないでしょう?でもここでネタ晴らしすると、舞台がもつ意外性や感動の土産のお裾分けをもらってないのに先にするみたいになるのでここらで止めておくが、問題なのは、出演者みんなが共感の芝居となるどうかなんだ、大事なのは。というところで終えるが、どう、わかった?

 

 まあ、結論的に言えば、今日は書くテーマがなかった、だから時間つぶしにね。つきあわさせてごめんね。今晩はなんのビデオ観るかなあ?コメディなんだが、なにか推薦物ある?あればこっそりとね、教えてな。しかしなんであれだけ笑えるのだろう?

 

 いま、山田洋次監督の「悪童」を読んでる、寅さんが生まれた事実や親父のこと、実は寅さんって、呑兵衛の親父が女給との間に産んだ子、さくらは本当の母の子、だから顔が違うし出来も違う、昔からあの餅屋は柴又でやっている店、戦争で焼け野が原になったときも、あの店は焼けないで残った。戦争で親父が返ってきたが腑抜けみたいになって死ぬ、親父の弟夫婦があとを継いでくれて、いまのおいちゃん、おばちゃんなんだ。一貫した正義感やとんちんかんさは、そういう背景で誕生した、でも実は寅さんには渥美清さんの小さいときもそのまま投影されている。山田洋次さんがかなり渥美さんの生い立ちを聞きこんだ。だからこの本の冒頭に「この本を渥美清さんに捧げる」とある。昨年でたばかりの本だ。いうならば台本の人物なんて、作家が架空の人物を創りあげてドラマの構成員として芝居上で活かしていくわけだけれど、そこには生きた人間が書かれているはず。それを我々はさも生きている人物の如くに演じ、表現することが使命なんである。だからそれぞれが深く考え尽くしてこそ、その人物が舞台上で生きて存在する、そんな生きた人物が物語を創ってこそ、生きた舞台となると思うが、どうだろうか。(J)

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