今日の稽古…はっきり言う

March 31, 2019

はっきり言う。今日の稽古、見ててお金もらえない、全公演無料にしてはどうか、と提案したいのだ。

芝居にならない、「所詮、素人が遊びでやってるんだから、そんなにカツカツしなくていいじゃん、みんな楽しんで、和気あいあいでやればねえ」という役者がいるんじゃにかと思えるぐらい、へたでどうしようもない。(今回も自分の演技や棚にあげて書くが)

 

まず、覚悟があるのかどうか、人に芝居をみせる、お金ももらう、ならばこのお金の価値に見合う自分の芝居になってるかどうか、そのぐらいの努力してるかどうか、何度も稽古しながらまた同じところで忘れる、人に合わせられない、何してるんやと思う。腹が立つ、こちらの稽古ができない。一人が足引っ張ると出場している人の分の時間まで使ってるのわかったるのだろうか。

やると決めた以上、かってない作品にしあげ、今年一番の芝居を作る、その覚悟があるのか?

 

つぎに、本を理解する努力をしているか、まず自分の役割、まわりとの関係性、自分の役はこの芝居の中でどういう位置づけの役なのか?これができていないと、想像性もわかないし、オリジナルな役もこなせないし、今までの乏しい経験と頭だけのでっかちな理屈の浅い引出ししかないのに、それをアホの一つ覚えでやる、見ていてもつまらないし、客から「金返せ」と声がかかるのが見えている。

そうならないためにも書いてここにはおきたい。

 

終わって出口で「おもしろかったよ」「よかったよ」なんておべんちゃら聞いて「そう?」なんて満更でもない紅い顔して自分だけ浮いてることもわからず、かわいそうに見えるのあまりにも辛いので言っておく。ましてこのぐらいのきつい一発書いても、もう反応しないぐらい硬質化しているのが多いので、あまり効果なしかなあと思いながら書いているが。

 

さらにやるべきことは、流れにそったセリフのいいまわし。何度も何度も繰り返し、自分なりに実験してみる。そこで「これだあ!!」と思えるセリフの表現をみつける、そんなことも何度も何度もやらず、どれしゃべっても同じ感覚、同じトーン、自分の身姿や客にどう見えてるかばかり気にして、品つくったり、ええように見せたり、なんやのん、やる優先順位がちがうねん。但し、そのセリフは、自分だけ早く覚えれば済むのでなくて、相手が違うトーンできてもそれに合わせ、また逆パターンできたらそれにも合わせる、要するに数日前にこのブログにも書いた「エチュード」ができないと、うまい芝居なんて有り得ない。そのためにも台本何度も何度も、暇があれば読まないと実現できないのだ。

フェイスブックに「今日どこそこで飲んでます~」とか「今どこそこに来ています~楽しいです~」なんてスットンキョウなメールと写真貼り付けてノー天気になってるのみて、むかむかするのよ、そんな時間あれば、セリフ覚えろ、迷惑かけない演技の稽古、近くの公園行って、一人稽古しろよ、とつい突っ込みたくなる。

 

それだけ、真剣なんだ。この年になって、こんなに真剣に向かい合える表現、芸術?に携われる幸せをもっと感じ、真剣に取り組む、今まで自分がやったこともないことに挑戦する、なめるんじゃないぞ。新人と言えど同じだよ、経験のあるなしも同じだよ、それにどうしたらうまく行けるか、どんどん演出に聞く、先輩に聞く、そういう姿勢でないと伸びない、仕事もできない人間ができるようになるのとまんで同じです。

 

今日演出が最後に優しく「いろいろ言いましたが許してください」なんて言ってたが、本心はもう腸が煮え繰り返っていたんだあ。長いつきあいだからよくわかる。「つらいだろうなあ、こんなの」と思った。帰り、電車に乗る前に「まあ、4月からもう一度しっかりやりなおしましょう」と彼は言っていた。

 

私は彼の辛い思いを慮って、私は反省をこめていま静かにヤケ酒飲んでる、声ガラガラやなのに…。

 

こころ当りのあるひとに、グサッと突き刺さった文があれば幸いです。(順平)

 

 

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