男の涙

先日、順平さんと飲んだ、なんか胸に一物を蔵したような少し伏し目がちな、ちょっと怖いような沈痛な面持ち、「ちょっと、いややなあ、昔の順平さんみたいで、怖いなあ…」って思いながら、ビール飲みだした。そして、聞いた話…、驚きだった。

 

 昔、順平さんが勤めていた会社(私も同じ会社だが)に伝説的な営業マンがいたそうだ。営業と言えば、数字がすべて。そして出世はこの数字の多寡によって決まっていく。人柄や優しいとか、面倒見がいい、上司への報告の的確でお客さんからの信頼も厚い…なんてことは二の次の評価、全ては数字で決まるぐらい過酷な世界。逆に言えば、情状酌量はなくて「数字」という世界で優劣が決まるだけにわかりやすい基準。言うならばオスがメスを巡って一対一で死闘を繰り広げる、負けたら死、というわかりやすい本能の勝負…

 

 その営業の世界に常に事業部のトップを走る男がいた。営業では上司を連れていき助けてもらったり、周辺の力を借りて数字を上げるのが常だが、この男は全て一人で決めてくる、時に誰が営業にも行っても落とせない客まで、いとも簡単に契約を取ってくる、そんな伝説的な営業マンがいた。しかし彼は社内で、営業研修や後輩指導の仕事があっても決して参加しない。「なんで私の営業を人に教えないといかんのですか、わけわからん。みんな戦ってるんでしょう、なんてやわな判断する上司なんだ」と上司まで馬鹿にする始末。しかし数字が物語る世界、厳然と結果がものを言う世界。

 

 ある日、お客さんの会社の社長から夕方電話がかかってきた。「あの〇〇さん、帰ってますか?まだ?では伝えておいて、さっき契約したあの案件、すまんがキャンセルする。あんな泣き落としみたいなことされて、つい私はほだされて印鑑押したけど、他の人間から、反対意見が多くすまんがキャンセルするわ」と。

 

 帰ってきた彼に上司が報告、すると彼は「そうですか、もう一度行ってきますわ」と、夜に出かけていってその日は帰ってこなかった。今の時代みたいに携帯電話なのを持ってる時代ではない。

 

 翌日、朝「これ契約書です。社長が考え直してやりましょうと言ってくれました」と。

 

順平さんに聞いた話では「彼はな、最後のクロージングになるとな、感極まって泣くんやて。なんでここまで言ってもわかってくれないんですか?確かに営業力があってほとんど彼の手にかかると決まるケースが多い、しかしこれは他の営業マンも同じ、彼が飛びぬけているのが、この泣きの営業なんだ。

これまでして、数字を上げたい、これまでして出世したい、色々方法を駆使して彼は彼なりにやってきた。俺はすごいと思う。ここまで必死でやれる奴はいない、芝居なんてなあ、みんな片手間やねん、必死で表現、それも自分にとって最適な表現を編み出そう、創りだそうなんて思うやつなんておらへん、屁理屈ばかりこねてな、さも自分の演技が正統やみたいなこと言うて、だからあかんのや。気概からして負けてんねん、つらいわあ、しんどいわあ、どうせ我々素人の集まりやから、なんて平気でいうねん、お金もらうのに。もうしんどいわあ、この営業マンみたいに、ぎりぎりまで行って、最後は泣けるか、人間の究極まで自分を追い込めるかあ?」

 

この日の順平さん、最後のに大声出して、そして、ぶつぶついいながら飲み代払わず、帰っていった

 

 「順ぺい~さ、ん、あの、支払い…って、まあ、いいかあ、そんな日もあるさあ、つらいわあ…」(乾)

 

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